
脊椎の骨転移の痛みが放射線治療で消えると、不思議と「死ぬ」という感覚が遠のいていきました。。そんな思いとは裏腹に、癌マーカーはじりじりと上昇していった 2020年の秋でした。
脊椎の骨転移の激しい痛みから放射線治療のおかげで、どうにか平常の生活を
遅れるようになった2020年の冬でした。
「安心はできませんよ。」
主治医の言葉を思い出しながら、癌マーカーがじりじりと上がっていくのを見ていました。
ホルモン注射(フルベストラント)も副作用が怖くて打てない。、かと言って標準治療
で使う強い抗がん剤にいたっては主治医でさえ、私には副作用が強すぎるとの懸念から二の足を踏まれた。
「せめてフルベストラントくらい打たないと」
との主治医の言葉に
「もし、この両足の麻痺が薬からくるものなら、私は歩けなるかもしれません。」
強い不安の姿勢を見せる私に、とうとう主治医は静かな声で、
{いつまで生きられると思いますか?」
といわれた。余命宣告とはこういうものか・・・。
「あと15年、娘が成人する姿がみられたら、うれしいです・・」
とおどけて言う私に主治医は、
「そんなことができる方法があったら・・・」
下を向いたままつぶやかれた言葉に、申し訳ない気持ちがして笑ってしまった。
もう、頭のどこかが壊れていたように思う。。
「丸山ワクチン、してみたいのです。」
標準治療ではない、その歴史の古い治験で、病院の収入に全くつながらない治療に
主治医は快く同意をしてくださいました。
「癌が静まってからならまだしも、この重度の進行がんに効くとは・・・思えないが・・」
それでも、主治医も病院のスタッフさんも一回200円にしかならない、書類も他の
処置もほぼ無料で行う治験ワクチン「丸山ワクチン」に快くGOサインを出してくださいました。
その丸山ワクチンをもってしても・・・
私の癌マーカーはじりじりとあがり続ける2021年の早春でした。
「あなたに合う治療は、なんだと思う?この公立病院できないのなら、私ができない
治療なら前に言ったように紹介状をかくので、しっかり調べて考えて。」
その言葉と同時に、
「あなたもわかっていると思うけれど、ステージ4の癌はもう治らないんですよ。」
主治医が誠実な横顔に苦しさを嚙み潰したような表情を浮かべて、小声で呟かれた。
「先生、天寿癌という考えがあって、末期癌でも共存に成功する人もいるみたいです。」
「なおるなら、なんでも、なんでもよいんですよ。僕は。。」
私が強い薬物アレルギーといっても、飲める薬、試せる薬はあるはず。
一つ一つ自分の体で試していこう。。。
調査と行動だけが道を開くのだと思うと、ぞぞっと身震いが背中に走るのでした。
「私の娘、全身のアトピー性皮膚炎、最近寛解したんです!」
診察室のドアを閉めながら、主治医にそう伝えた私に
「奇跡にはどれにも、理由がありますよね!」
久しぶりに見る主治医の笑顔だった。
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